値上げ

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※テキストの縦書きを試すために、2017/6/1からの値上げについて書いてみました。

値上げ

 知人にお礼を伝えたいと思い、絵葉書を選んだ。葉書には、架空の切手がイラストで散りばめられたもので、動物や静物が描かれ、しみじみと眺めているだけで時間が過ぎる。
切手には、郵便料金を示す「43」という数字も印字されている。イラストが描かれた当時、架空の世界では葉書の値段は43円だったのだ。
5月30日、郵便局に向かう。43円の切手が敷き詰められた葉書に、窓口で買った52円切手を1枚貼って投函した。
ちょうど、郵便屋さんのバンがポストから郵便物を回収しにやってきた。ポストの背中を錠前で「キッ」と音を立てて開けたかと思うが早いか、次の瞬間には「ブイーン」と音を立てて次の赤い背中を開けに走り去った。

「葉書にカメラを搭載して、その行く末を見続けてみたい」と思ったことがある。

 瀬戸内海の凪いだ海を眼下にとらえた丘の上の公園で、キャッチボールに興じる親子の姿がある。父、健司は夜勤明けの警備員で、4勤2休のシフトをこなす。勤務明けの休みと日曜日が偶然重なったこの日、日ごろから家でばかり遊ぶ息子を見かねて引っ張り出してきたのだ。
父には「おれが子どもの頃には喜んで外で駆け回っていたものなんだがなあ」という思いがある。慣れないキャッチボールにふてくされていた息子はどうも球筋を見極められず、後逸を繰り返していた。
―もう何度目だったろうか。土手に転がったボールを息子が拾いに行ったとき、茂みの中になにやらキラリと光るものを見た。光の主はなんであったか。何気ない記憶がなぜだか大人になるまで忘れられない記憶になることがある。

 その土手を行くのが、43円切手と52円切手の葉書を載せた一台の赤いカブだった。
愛媛県に届くはずのその葉書は、郵便局員の手からまた別の郵便局員の手に渡り、野を超え山越え、いくつものボールと何気ない親子の日常をかきわけて彼の地に到着するのである。時には飛行機でいくつもの山脈を越え、時には船に心地よく揺られて。葉書に搭載したカメラは時折、風景や人をも映し出す。ぼくはそれを南房総の自宅から眺める。

時にホコリにまみれ、雨に濡れ、日照りにもさらされることもあるが、そんなもの、配達する郵便屋さんの比ではない。そうこうしているうち、狭い日本で葉書の旅はおそらくあっという間に終わる。
目的の郵便ポストにイン。さあ、家人はいつ気付いてくれるだろうかー。
ザッザッと足音が近づく。真っ暗だった郵便ポストに一筋の光が差し込み、ひょいと持ち上げられる。カメラが相手の表情を映し出す。

片道52円。最後の旅だった。

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