『何もない』ところから、路上で積み重ねた4年間の繋がりがつくったもの。自転車屋台SPAiCE COFFEE店長、紺野雄平さんのアットホームで刺激的な空間。

Pocket

——————————
2019年4月27日(土)~30日(火)に開催された、『LOCAL WRITE#08いすみ』の参加者によるインタビュー原稿を掲載しています。
——————————

written by 佐々木大輔

カフェをやりたい!でもお金がない!!そんな時あなたならどうしますか?
諦める?まずはお金を貯める??どうにかしてお金を借りる!?

これは『何もない』状況から諦めずに自分の力で一歩踏みだし…いや、ペダルを漕ぎ出した青年のお話。舞台は千葉県南房総の漁師町、勝浦。決して人通りが多いとは言えない路上で、自転車1台、リヤカーを引いてカフェをする、紺野雄平さん。

初めは周りの人みんなに止められたという、紺野さんの胸の内には熱くて、真っ直ぐな想いが秘められていました。紺野さんの想い、そして路上で築き上げて来た4年間の繋がりがそのまま形になっているようなSPAiCE COFFEE。

ちょっと寄り道して、覗いてみませんか。きっと勇気を貰えると思います。

千葉県勝浦市の漁港にほど近い小さな通りに、ちょっと不思議な光景があります。

通りの脇に立てられた赤いパラソル。その下に自転車に引かれた小さなリヤカー。静かな通りの中で、そこだけゆるやかな人の輪ができています。

おじちゃん、おばちゃん、大学生、親子連れ…。賑わいの中心で珈琲を淹れているのが、この自転車屋台、SPAiCE COFFEE店長の紺野雄平さんです。

人が集まる、不思議な『Space』

「大原まで行って来た~」と報告しに来る自転車の少年。「今日は繁盛してんじゃんよ」とひやかして行くおじさん。この通りを行く人が、みんな紺野さんに声を掛けていきます。

普通のカフェだったら、お客さんしか中に入れないところですが、ここでは珈琲を買わない人もフラッと立ち寄っては思い思いに好きなことを好きなだけ話していきます。

実店舗がないからこそ、文字通り誰にでもオープンな空間が生まれ、子供からお年寄りまでが集まる不思議な場になっています。

「大学生が授業の合間に遊びに来てくれて、『これからまた授業、行って来ます!』って。1回家に帰って学校に行くんじゃなくて、1回ここに寄ってから学校に行くっていう。そういうシーンを見ると嬉しいッスね」

紺野さんの人柄が、SPAiCE COFFEEを「誰もが気軽に帰って来れる場所」にしているようです。

「ちょっと特別」を日常で感じて貰うための『Spice』

「『ケニア』はトマトジュースみたいな味。『エチオピア』はレモンティーみたいな味。」と紺野さんのコーヒーの説明もわかりやすくて楽しい。「『スパイスコ-ヒー』は刺激的で飲んだことがない味」。

珈琲をドリップで頼むのはちょっと特別なこと。SPAiCE COFFEEはそういうちょっとした特別感を日常で感じて貰うことを目指しているそうです。

紺野さんのファッションもそのための工夫の一つ。まるで絵本に出てくるような、いそうでいない珈琲屋さんをイメージしています。確かにこの自転車屋台と紺野さんがいるだけで、いつもの通りが、ちょっと特別な場所に変わってしまいそうです。

学生がコーヒーを買いに来ました。

「エチオピアで。エチオピアって言葉、人生で初めて使った!」

彼らは紺野さんの母校でもある体育系の大学生でした。
「体育大学生ってずっと部活をやってきて、就職も今までやって来たことを活かすのが当然で、警察官とか教師とか、決まった路線以外そもそも頭にない。こうやって自由にやってるのを見ると視野が広がる」

それは正に紺野さん自身が、大学生の時に感じていたことと重なるそうです。

「続けるのは素晴らしいことで尊重する。ただ、今までやってきたことが全てではないと知った上で、やりたいことを選んで欲しい。必ずしも刺激の多くない勝浦や、専門性の高い体育大学では、若い人にとって新しく視野が広がるような『きっかけ』に気づけないこともある。特別感を日常にしたいって言うのは、そういう『きっかけ』になる場をつくりたい、って意味も入っている」

カフェの看板メニューである、ジンジャー入りの『スパイスコーヒー』同様、この場所は、勝浦の日常を少し刺激的にする『スパイス』にもなっているようです。

『ない』ことはやらない理由にならない

房総半島の南東に位置する勝浦市は、古くから栄えた漁師町ですが、2015年には首都圏の市で唯一人口2万人を割り込み、その後も過疎化に悩まされています。市内の大学には毎年500人近い学生が入学して来るものの、その多くは卒業後、勝浦を離れてしまいます。

紺野さんも大学に進学するタイミングで、実家の福島市から勝浦にやって来ました。
勝浦の第一印象は『何もないところ』。駅前で時間を潰そうとしても「マックもなく、結局立っているしかない」ような町で、初めは「一体何をして過ごせばいいんだろう」と思ったそうです。

SPAiCE COFFEEが出店していた通りも、休日にも関わらず人通りは少ない。平日はさらに少ないのだそう。

でも大学生活の4年間で、そんな勝浦の良さに気付いたと言います。

「勝浦の良さは『何もないところ』。東京に遊びに行って、楽しいけどマンネリ化してくる。結局お店に行くか、お酒を飲むか。決まった選択肢の中から選ぶだけ。それに比べると、勝浦の方が何でもできる。いい意味でユルさがあって、自分のアイディア次第で楽しいことを作り出せる、生み出せる。楽しさは無限大…。そこに気付けた」

就職活動もして、内定も貰ったそうです。自分がこれまでやって来たことの延長線の、選択肢の中から選んだ仕事でした。でもそれが自分のやりたいことなのか?違和感を感じ、辞退します。そしてここ勝浦に、人と人がつながる場をつくりたいと、カフェを作ろうと動き始めます。

「この辺にコーヒー屋が何で無いか知ってる?売れなかったから無いんだよ」
周りには反対され、親にも散々叱られたそうです。

当時はさぞ心細かったでしょう?
そう尋ねると、力強い回答が返って来ました。

「人に言われて、やめようと思うことはなかった。今まで無いから、売れないから、やらないってのはよくわからない。やらない理由にならない。その人のやり方でそうだっただけ、僕はやりたいんだから、それを踏まえて、どうしたら上手くいくか考えるだけ」

紺野さんは「やるなら今しかない」とも感じていたと言います。

「失うものは何もなかった。経験も何もない。失敗も何もない。ここからあるのは、経験でしかない。今始めておけば、全てが経験になってくる。そういう意味では強かったかもしれない」

店舗を持つお金もなかったことから、「自転車で屋台を引く」というアイディアが生まれてきました。

「前例」「経験」「お金」…。色々な『ない』を理由に、あきらめてしまうことは簡単でしょう。でも紺野さんはむしろ『何もなかった』からこそ、始めたように思います。

紺野さんはこうして決まった路線から降り、自分の足で、夢に向かってペダルを漕ぎ出しました。

SPAiCE COFFEEの現在の自転車は3代目。初代は大学の後輩から譲り受けた『ママちゃり』!!

故郷福島で被災。生かされているからこそ、やる

そんな紺野さんの原点。今振り返れば、それは故郷福島で被災した、東日本大震災にあるそうです。

震災が起きたのは、高校を卒業して勝浦に来る直前の3月でした。紺野さんの家族や親せきは無事だったのですが、母校の体育館が避難場所になり、ボランティアを募集していました。

「こんなに近くにいるのだから、何か力になれるはず」。そう思って向かった体育館に居たのは家族や友達、家をなくしたばかりの人達でした。

こんなに近くにいるのに自分は生きていて、家もあって、家族も無事。何て声をかけていいのか、どう力になれるのかわからずに言葉を失ってしまったそうです。

その時に感じた無力感と絶望感。
それが紺野さんの原点になっていると言います。

「もしあの日、たまたま浜の方に遊びに行ってたら、僕はもうここにいない。僕の年代、そして僕より下の年代で亡くなった人もたくさんいる。夢の半ばだったかもしれないし、夢を見ることもできなかったかもしれない。僕は今、こうやって生きることができる、生かされている。生かされているからこそ、明日を生きることができるからこそ、必死にやりたいことをやっていく必要がある」

たとえ『何もない』ように思えたとしても、生かされているということは『命』があり、『明日』があるということ。それがある限り、『ない』ものをつくることもできる。夢を追うことができる。

そのことを紺野さんはこの震災で、体感として知ったのかもしれないと思いました。

SPAiCE COFFEEでは、成田のお店のコーヒー豆をベースに、あえて福島のお店のコーヒー豆も使っているそうです。それはどこにいても変わらない、紺野さんの原点が故郷にあることを忘れないためなのかもしれません。

今の自分をつくっているのは、自分ではなく周りの人

そうして始めたSPAiCE COFFEEですが、まわりの予想通り、初めはほろ苦いスタートだったそうです。

当時を振り返って、紺野さんはこう言います。

「一番最初は就職せずに、やりたいことを始めた自分をかっこいいと思ってた。優越感に浸って、自由をはき違えてた」

最初の一年は一日路上に立って、お客さんがゼロの日もざらにあったそうです。そしてとうとう食べていけなくなり、アルバイトもしながら、食べ繋ぐことになってしまいます。

反対を押し切って始めた、路上の自転車カフェ。やりたいことをやった結果が、自分の身に降りかかって来て、心境の変化があったと言います。

「『とにかくこのコーヒーを売らないと、俺は明日生きていけない』と思って。どうやったら売れるだろう?どうやったら売れるだろう?って。やって、やって、やって、やって…、日々の中出て来たもの、変わって来たものを振り返った。『お客さんが来てくれたことが、ホントにありがたい。明日もこれで生きていける』。そう思ったら、お客さんから適当にお金を貰うっていうのが、できなくなった」

お釣りの渡し方、カップの渡し方といった、細かい部分まで、目の前の人を大切にする意識が生まれると、自然と動きも変わって来たそうです。

そうやって試行錯誤していく中で、非日常を楽しんで貰う紺野さんのファッションや世界観も生まれたと言います。

2年間『ブレンド』を淹れるのに使ったドリッパー。このドリッパーで約15,000杯のコーヒーを淹れた計算になる。勝浦市の人口は約17,000人(2019年3月時点)。

SPAiCE COFFEEをやって来た4年間で、一番変わったのは自分の「人間性」だという紺野さん。今の自分をつくっているのは、自分ではなく周りの人だと言います。

「常に来てくれる人、助言してくれる人が、たくさん周りに居てくれた。厳しい人達が居てくれたのは、本当に有り難い。その方達のお陰で、今の僕がある。一人でやっているようで、一人ではない」

紺野さんのお話がただの比喩ではなく、事実だといういうことを私達は目の当たりにしていました。

周りにはほとんど人が歩いていない商店街でありながら、このインタビューをしている間に一人一人と人が増えていき、私達と一緒に紺野さんのお話に耳を傾けていました。
紺野さんが一杯、一杯、一日、一日、積み重ねて来た4年間の繋がりの輪が今、確かにここにありました。

使命は『やりたいことを本気でやって生きる人達を増やす』こと

紺野さん自身、SPAiCE COFFEEをやって行く中で、見えて来たことがあると言います。

「僕のしたいこと。周りの人に、本当にやりたいことをやって欲しいし、やりたいことが無ければ、見つけて欲しい。それは別に就職するなとか、起業しろとかいう話ではなく、どんな土俵にいても、どんな場面にいても、『これがしたいから、これをやっている』、『生かされている』、ということを感じてもらいたい。そういう人を増やすことが、僕が震災で感じた、無力感の答え」

そして、紺野さんが新たに始めようとしていること。

「使命は『やりたいことを本気でやって生きる人達を増やす』こと。そのために、まずは自分達が一生懸命やっていかなきゃいけないし、同じような想いを持ってる人達で集まって、その輪を少しずつ広げていく」

紺野さんは今、アパレルをやりたい友人、写真・映像をやりたい大学の後輩と3人で『DOCKS』というチームをつくり、会社にしようと話を進めているそうです。

「『それぞれのやりたいことをみんなでやる』。やりたいことはいっぱいあるんですけど、僕は要領悪いんで、珈琲以外もやるのは結構しんどい。じゃあやりたい仲間を周りにいっぱい作ればいいと思った。そうすれば自分も携われるし、お互いに助け合える。ちょっとチープな言葉になるんですけど、『夢のシェア』です」

『DOCKS』で紺野さんとアパレルをやりたい友人がコラボしてつくった「カップスリーブ」。ウエットスーツの素材の余った切れ端を利用。

4年前、一人で夢に向かってペダルを漕ぎ出した、紺野さん。

『ない』ことをやらない理由ではなく、やる理由に変えて、『ない』ものをつくるために、とにかくやり始めました。その根っこには、勝浦への想い、故郷福島で体験した『生かされている』ことへの想いがありました。

やりながら、人と繋がり、刺激を貰い、刺激を与えながら、4年間続けることで、紺野さんの想いが少しずつ形になっていったのが、今のSPAiCE COFFEEなのでしょう。

そうして5年目を迎えた今、紺野さんは止まることなく、今度は3人で『夢に乗り合う』という、新しい航海に漕ぎ出そうとしていました。

どんなものができるかはわからないと言います。でも今よりも大きな繋がりの輪の中で、もっと『不思議』で『刺激的』なものができそうな気がします。

インタビューを終えて帰ろうとしていると、今日初めてSPAiCE COFFEEに来たと言う、大学生がしみじみと話してくれました。

「自分は3年生で、就活前の今、この話を聞けて良かった…。」
最初から最後まで、ずっと帰らずにインタビューを聞いていた学生でした。
きっとこうやって、想いは繋がって行くのでしょう。

written by 佐々木大輔(Local write#08いすみ参加者)
photo by 吉清汐音,佐々木大輔,穂積奈々,北埜航太


◆開催パートナー・地域の募集◆
『ローカルライト』は、3泊4日で行うインタビューとライティングのワークショップです。参加者はインタビューとライティングについて学び、まちに触れ、人を知り、仲間を作り、最終的に原稿を仕上げていきます。これまでに、関東、関西、北陸、九州(2019/6月時点)で開催してきました。
まちにとっては取材対象とまちそのものを公報し、開催地と縁のある人を増やすという側面があり、参加者にとっては地域での暮らしや仕事を知り、書き手としてのスキルを育むという側面があります。
たとえば、「外部の目線で地域を発信したい」「webマガジンで公報したい」「地域の刊行物を作りたい」「地域の食に光を当てたい」というニーズがあり、開催に興味をお持ちの方は、ぜひこちらからお問い合わせください。※半日からのワークショップも可能です。主催される地域の方の参加ももちろんOKです。

contact

◆最新情報はローカルライトのfacebookページでも発信しています◆
https://www.facebook.com/localwriting/

次回の開催等をこちらのfacebookページでも告知しますので、どうぞご確認ください。

こちらもおすすめ: