地元の習慣、言葉、感情を伝える通訳人髙原和江さん。町を飛び出した彼女が、町に戻り、まちづくりを通じて広げる繋がりとは?

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2017年11月23日(木)~26日(日)に開催された、『LOCAL WRITE~房総いすみの物語を編む4日間~』の参加者によるインタビュー原稿を掲載しています。
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written by 高島 遼

「背景の違う人たちとどうすれば共に生きることができるだろう?」
彼女の話を聞いていて、ふと思った問い。

これまで生きて来た環境、時間、場所が違う者、田舎育ち、都会育ち、Uターン、Iターン、一度も町を離れていない人。その人たちが持つ異なる価値観。その間にどう繋がりを持って生きていけるのでしょうか。

ここは、東京から特急で70分、千葉県いすみ市、海と山に囲まれた自然豊かな街。
近年、古民家シェアハウス、作家さん、カフェ、野菜作り、様々な形でいすみ市へ移住する人たちが取り上げられています。

移住者が惹かれる魅力は、豊かなか自然環境、都心からの距離、縁を感じるもの、さまざま。ただ他の地域にはない魅力に、移住者と地域との「繋がり」があると感じました。

そのきっかけをコーディネートしていたのが今回ご紹介するNPO法人ライフスタイル研究所の代表を務める髙原和江さん。彼女自身が都内からのUターン者である経験から、移住者、地元の両足軸に立つことで、生まれた繋がりに最初の”問い”へのヒントがありました。

ここにはいたくない!ここを出たい。その気持ちが強かった

最初は海側に住む人が多いのだけどね、そのあと里山に移って行くパターンもあるのよ。

いすみ市の地図を広げながら移住者の暮らしの変化について嬉しそうに話をしてくれたのが、髙原和江さん。

NPO法人ライフスタイル研究所の活動の中で、これまで9年間に渡り、移住希望者の相談に直接答えたり、空き家を紹介したり、求める人を紹介するなど、人や場所を繋ぎ、いすみ移住のサポートをしており、彼女の相談をきっかけに移住を決めた人たちも少なくありません。自身も、一度東京を出て、街に戻ってきたUターン者の一人で移住者の気持ちを寄り添います。

さらには、和江さんだけではなく、研究所のメンバーの7割はUターン者とあって、移住者、地元の両足に軸を持った考え方で両者をサポートできるという強みがあります。

こうした強みを生かし、NPO法人ライフスタイル研究所では、移住支援に留まらず、空き施設を活用したマーケット、出会いの場を提供する婚活イベント、ドラマ撮影支援など街を活かす活動も行なっており、いすみ市に様々な人の繋がりを生んでいます。

代表を務める和江さんも、今ではいすみ市の自然環境が好きで、”この街を離れたくない”と言いますが、昔は田舎嫌いな普通の女子高校生でした。

もう絶対にここにはいたくない!ここを出たい。その気持ちだけだったのよ。

当時のことを振り返って笑顔で話します。

何をしてるか筒抜けになってしまう地域内の人との関係。
公務員や学校の先生になることを勧める両親に、きっと、このまま進めば、一生この地域の世界で生きることになってしまう。
彼女は、両親を説得し大学進学と共にいすみ市を出て、東京都内で住むことになります。

このまま東京で、暮らし続けるの?

時代は1980年後半、高度成長期の真っ只中。
全ての勢いが上向きの時代。起業者数は、過去最大を記録。

彼女が就職した会社も創立して10年程度の新しい会社でした。
映画キャラクターグッズなどの制作をしていることに興味を持った彼女は、コミック、アニメ、ゲーム販売、キャラクターグッズ制作を手がける会社に就職します。

会社は拡大を広げ、様々な新規事業を立ち上げていきます。
がむしゃらに奮闘していく中で、和江さんは、物事をゼロから作り上げていく事に楽しさを感じていました。

倉庫整理もするし、販売もする、文章も書くし、イベントの企画、新店舗の立ち上げ、なんでもやったのよ。夜も遅くまで働きみんなで終わったあと、飲みにいく。そんなことも多かったですね。

と語ってくれた彼女も、気がつけば、30歳前の女性。

このままここで暮らし続けるの?特にアニメが好きでもない。じゃあどうするの?

東京という街を楽しんでいた反面、日々続く残業や、土日に及ぶ仕事や暮らしに、
多くの人が感じている働き方や生き方への疑問に、和江さんもぶつかっていきます。

その時、本屋で出会ったのが「野菜ソムリエ」の本。
野菜を中心に書かれている本はその当時珍しく、実家で作っている畑のことを思い出して。

野菜ソムリエなら生活にも活かせるし、何か仕事にもつながればいいな。

そんな風にこれから人生を想像していきます。

こんな同級生たちがいれば私、大丈夫だって確信した

そこから、彼女の人生を変える出会いが起こります。

10年勤めていた会社を辞め、気になっていた野菜ソムリエの道に進み、野菜ソムリエの協会で働いていた時のこと。

野菜ソムリエの仕事を通じて、生産者の思いや、野菜の大切さを伝えている私自身が、実家の畑を潰してしまったら、これって矛盾しているんじゃないかなって。家の畑を守るのは私?私は実家の畑を残したまま、この都会にいるの?

と疑問を持ち始めます。

いすみ市にUターンをすることをまだ決断できていなかった彼女は、何度かいすみに行くようになりますが、ある日、甥と一緒にいすみ鉄道のイベントに出掛けます。

そこで再会したのは、中学の同級生。なんと、本業ではないのに、ムーミンのオブジェを作っているとのこと。

頑張っている同級生がいることの安心感というか。私、こんな同級生たちがいれば大丈夫だって直感で思ったんです。

自身も明確に言葉にできない何かがそこにはありました。地元に戻ることの不安は、お金や仕事、遠く離れた過ごしていた地元との距離感でしたが、懐かしい同級生の頑張りが背中を押したようです。

この運命の出来事から1ヶ月後、彼女はいすみ市へ戻ることになります。

ゼロから作り上げることは、同じだった

いすみ市へ戻って来てすぐに、市役所の方の紹介によりライフスタイル研究所に関わり、いすみでの活動が始まっていきます。
その頃、ライフスタイル研究所も、東京の会社時代同様、設立された組織が立ち上がって間もない時期でした。

活動、企画、場所すべてゼロから作り上げていくこと。
これは東京での仕事で経験したことと、近いものがあったといいます。

あの頃のことが、全て生きてますよ。作業していて、大変な時もあるけど、みんながいて出来ることがたくさんある。

Uターンした私たちにしかできないこと。地元との通訳

移住について、どういう人が訪れるのか尋ねてみました。
入念に調べてから来る人や、なんとなく移住したいとの思いだけの人様々だといいます。

相談に来る人達が、移住後にこんなはずじゃなかったという間違いが起きないよう、彼らの不安を埋めるよう、細かいこと含めて丁寧に街の様子を伝えていきます。
「アパートが少なく、一軒家が多いため、想像していたより高くなってしまう家賃」、「希望は多いけど、老朽化しており、大きな修繕が必要になってしまう古民家」、そして、「車がないと、買い物ひとつも苦労してしまう生活事情」など。

そういう紹介をしながら話を聞いていると、あ、この人は都市部の暮らしの方があっているんじゃないかっていう人もいて、その時に、それを伝えることもあります。 それを言ってあげる役割もあるんです。行政の人は、言いづらいと思うんですけど、私たちは言えるんですよ。

そこには、移住促進を進めるNPO法人として立場だけでなく、その人にとって「何が幸せか」を考える気持ちがありました。
ミスマッチが起きないことが街にとっても大切なことだって知っているんですよね。

話の途中に「私たちが地元の人の言葉を通訳するんです」 という言葉が気になり、再度聞き直しました。

知らない土地では、地元の人の言い方がきつく感じたりするじゃないですか。移住してくる人にちゃんと伝わってないんですよ。それをうまく、相手に伝えてあげられたら。田舎の人が考えてることってなかなか伝わらないこともあるから。Uターンで戻ってきた私達だからできることだと思うの。

そうか、それが通訳。

「消防団へ入った方が繋がりができる。お祭りには参加すると良いよ」など、移住者だけでは、決してわからない地域ごとの地元情報も伝えてくれます。

もしかしたら、そんな丁寧な対応は、彼女自身の経験から来てるのかもしれません。そう思ったのは、彼女から移住を決断する10年も前の話を聞いたからでした。

当たり前が違うから、知ることが大事

まだ会社勤めをしていた20代半ばを過ぎた頃、いすみに戻るかを悩み、当時の上司に相談してみると「辞める前に休職してみたらどう?」と提案され、約10年ぶりのいすみ市暮らしを体験することに。

和江さんは一旦帰ってみるという気持ちだったのですが、ご両親や親戚の方は、帰ってきたことを喜び、よかれと思っていろいろ準備をしてくれたそうです。
その準備には、お見合い話なども…

お試しのつもりでのいすみ暮らしは、両親などと考え方のギャップもあり、数か月の間にいろんなことがあったそうです。
結局、このままここにはいられないと思い、再び、東京に戻る決断をしました。

移住から定住へ。ライフマーケットinちまち、長者マーケットが持つ役割

そして移住を決断した人たち生活を始めていくわけですが、全国を通じて、移住者と地元の人って往々にしてお互いが理解できなくてトラブルになってしまうケースがあります。

そういった中で、移住者と地元の方、お互いの繋がりを上手く生み出していると感じたのは、ライフマーケットinちまちの話を聞いていた時でした。
ライフスタイル研究所が始めたこのマーケットは、「いすみであれこれや結ばれる」をコンセプトに毎月第2日曜日に開催しており、今年の1月で67回目を迎えました。

このイベントでは、移住者の出店だけでなく、いすみ農産物、地元食材を使ったスイーツやお惣菜などの販売、地元で活躍する作家さんの展示販売、地元ちびっこの和太鼓などの出店があります。

つながるって楽しい。私たちが関わらなくても、どんどん繋がっていくの。

何か、印象的な繋がりがありましたか、と聞くと「多すぎて、わからないくらいいっぱいありました。」と和江さん。

マーケットを通じて、多くの人の交わりが増えていき、移住者と地元という枠にとらわれない繋がりが生まれ、そこから、何か困っている人がいれば、じゃあ、あの人にという繋がりになり、地域に根を入っていました。

始まって5年続いたマーケットから新たな繋がりの場所が生まれます。

「ものづくりやワークショップなどを通じて地域とのつながりを持ちたい。」
「マーケットだけでは開催回数が少ないし、地元の方にももっと知ってもらいたい」

そんな思いから、いすみの地元食材を使ったスイーツやお惣菜、作り手さんたちの作品展示・雑貨の販売、体験コーナーなど一日から数ヶ月短い期間でも自分のお店を出店できる場所としてつくったのが長者マートでした。

いすみライフマーケットで自分作ったものを売っている人が、のビジネスへと拡大していくステップとして常設する販売場所ができたらいいな。

と和江さんは作り手さんのステップアップとなる場所としても期待しています。

2017年春からは、自身のお店を持つ夢を持つホットドック屋がオープンしています。
長者マート出店者さん同士や商店街内のコラボが生まれたり、ひとつひとつの繋がりが、新しい価値を生み出していることを感じます。

そして、新たな挑戦へNPO法人から、まちづくり会社へ

「最近、まちづくりに関心を持ってくれる人が増えているのよ!」と和江さん。
これまでの活動の成果を感じながら、NPO法人いすみライフスタイル研究所の活動も10年目を迎え、今年、大きな決断を下していました。

それは、房総まちづくり会社の立ち上げです。

部屋の横に置かれているいくつも食器や道具を横目に、「空き家の中に残っていて、片付ける人がいないのよ。こういう家がたくさんあるの」。
まちづくり会社では、こうした空き家の問題から、移住者の住居の提供へつなげられるよう活動を発展させて行きたい。

今の地域での活動をさらに強化し、継続して発展させるため、共に頑張る仲間とともに、新たなチャレンジを、そしてボランティアではなく、きちんと自立した組織としてやってきたいという思いがあります。

そこには、和江さん自身の、やっぱり豊かな自然環境が好きだと言ういすみ市への思いと、そこに関わる人たちを支援していくことに、面白さや、やりがいを感じている彼女がいます。

2時間のインタビュー最後までずっと、明るく止まらないお話を展開してくれた彼女に一つ質問を。

「落ち込むことありますか?」

「もちろん、ありますよ!」

というとても明るい答えが返ってきて、思わずこちらも微笑みます。

ああ、こうやって相談に乗ってもらえたら、新しい街と向き合っている緊張感が溶かされていくんだろうなって想像しながら、インタビューを終えました。

新たな繋がりの先に

彼女が嫌だと言って飛び出した、町の繋がり。彼女が町に戻り、移住者や地元の人たちと作っている繋がり。

ふたつの違いは何なのか考えてみると、それは、自ら手を伸ばせる場所があるかどうか。
相手から一方的に伸ばされた手ではなく、両者がお互いに手を伸ばしていること。
それは、お互いが自然と手を取り合える場所。

時に和江さんのような人であり、時にライフマーケットいすみのような場所。
そうしたとき、相手や自らの持つ背景を超えた繋がりが生まれていくのではないでしょうか。その先にある景色が明るいものであることを、このインタビューで感じさせてもらいました。

その感覚を実感したい方はぜひ、いすみ市へ訪れて和江さんにお会いしてはいかがでしょう?

written by 高島 遼(Local write#06いすみ参加者)
photo by 荒川慎一,磯木淳寛

◆開催パートナー・地域の募集◆
『ローカルライト』は、3泊4日で行うインタビューとライティングのワークショップです。参加者はインタビューとライティングについて学び、まちに触れ、人を知り、仲間を作り、最終的に原稿を仕上げていきます。これまでに、関東、関西、北陸、九州(2018/1月時点)で開催してきました。
まちにとっては取材対象とまちそのものを公報し、開催地と縁のある人を増やすという側面があり、参加者にとっては地域での暮らしや仕事を知り、書き手としてのスキルを育むという側面があります。
たとえば、「外部の目線で地域を発信したい」「webマガジンで公報したい」「地域の刊行物を作りたい」「地域の食に光を当てたい」というニーズがあり、開催に興味をお持ちの方は、ぜひこちらからお問い合わせください。※主催される地域の方の参加ももちろんOKです。

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次回の開催等をこちらのfacebookページでも告知しますので、どうぞご確認ください。

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