ゆっくりと着実に。いすみに根付いた里山ガーデン「Flower & Herb Broom香房」東山早智子さんの“自然”とともにある生き方

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2017年11月23日(木)~26日(日)に開催された、『LOCAL WRITE~房総いすみの物語を編む4日間~』の参加者によるインタビュー原稿を掲載しています。
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written by 廣川めぐみ

ハーブクラフト、アロマ、薬効ハーブ…。千葉県いすみ市の里山で、自然の持つ力を生かして楽しんでいる「Flower & Herb Broom香房」の東山早智子さんは、日常の中で自然の恵みを取り入れるアイテムや工夫を、様々な形で提案しています。

一見すると、力の抜けた生き方に見えますが、困難な状況に対してもめげずに着実に前へ進んでいった東山さん。「起業」や「移住」という経歴も、それ自体が目的だったのではなく、自分の生きやすい方向へ進んでいった結果でした。

楽しくて好きなことができる場所を探して、いつの間にか花開いた彼女のありのままの”自然”な生き方の秘訣はなんだったのでしょうか。いすみという、まるで東山さんが作る里山ガーデンのような、土地に根付いた生き方に迫ります。

「自然」と「私たち」が分かれてしまった現代

「自然が豊かな場所に住みたい」
そんな声が今、現代の日本を生きるあらゆる層から聞こえてくるような、そんな気がします。

桜の花びらのような繊細な色彩や、イチョウの葉のゆるやかな曲線は、角ばった私たちの心を優しく癒してくれるように思います。

都会の中で暮らしていたり、四季の変化を感じられないオフィスの中で働いていたりすると、たまに触れる小さな自然の造形物に心が解きほぐされることがあります。

もともと”自然”という言葉には、今でいう「山や川などの人間の手が加わっていないもの」という意味合いは無かったそうです。つまり、人々の暮らしが大自然の中に溶け込んでいたからこそ、人々の暮らしと周りの環境との区別がなかったのだとか。
それが、英語の”nature”という概念が入ってきたときに、”ありのままである状態”という意味の”自然”という言葉を当てたとのことです。

私たちが自然の中や、その近くで暮らしたいと願うとき、もしかすると、本来の人間らしい暮らし方を取り戻そうとしているのかもしれませんね。

花や植物が好きだったことから、ハーブや花といった小さな緑を生活に取り入れる知恵や工夫を、手作りという観点から提供している東山早智子さん。そんな彼女の、本当に”自然”な生き方とは、どんなものなのでしょうか。

里山にひっそりと佇むハーブガーデンの始まり

いすみ市に多く自生するという竹。

東山さんのハーブガーデンとアトリエショップを見守るように佇む竹林も、葉を落としながら冬支度をしているようです。目の前にある静かな沼地を眺めていると、昔どこかで見たことがあるような感覚に陥ります。

2014年に完成したという小屋とガーデンも、いつの間にか里山の一部としてその背景に溶け込みました。

ガーデンの真横に建つ2軒の小屋とテラスはご主人の手づくり。その小屋の一つには、以前住んでいた神奈川で「いつか使えるだろう」と置いておいた、バンガロー小屋を解体したときの板を使ったとのこと。大事に保管されていただろうことが、その風合いからも伝わってきます。

その小さな小屋をのぞくと、ドライフラワーで作った素敵なリースや可愛らしい苔玉たちが仲良く並んでいます。東山さんが自分で塗ったという温かみのある漆喰の壁にぴったりと調和していて、手作りのぬくもりが感じられます。

東山さんが最初に開催したワークショップは、ハーブの石鹸づくり。およそ20年前、神奈川県相模原市のマンションに住んでいたときのことです。地域の情報紙に手作りのチラシを挟み込んでみたところ、15人も参加してくれたとのこと。

いすみ市に2013年に移住した今では、植物の寄せ植えや季節のリースづくりなど、このアトリエだけではなく外房各地のカフェやマルシェで、ハーブやアロマを使ったワークショップを開催してます。

「ただ好きが高じただけ」と、少し照れたように語る東山さんの姿は、私たちが思う個人事業主のイメージを払拭させます。

そして、「最初の1年は教室も開けていない状況でしたので、生徒さんや仲間もほとんどいなかった」という少し苦い思い出は、地方への移住者からはあまり聞かれないかもしれません。

蔦のように、光の方へ伸びていく

東山早智子さんは、高校卒業後、故郷の山口を離れて東京へ。日中はデザイン事務所で働きながら、夜間のデザイン学校に通っていました。本当は絵本の描き方を習いたかったものの、当時はそのような専門学校がなく、やむなくグラフィックデザインを勉強することになりました。

専門学校では文字通り「まっすぐな線が引けなくて」、デザインの道を諦め、地元に近い広島にJターン。東山さんの自然な生き方が、描く線にも表れたのかもしれない、と妙に納得してしまいました。

拠点を移した広島では、イベント企画会社でデパートの企画展などの仕事をしました。その企画の一つとしてかかわったハーブの展示会。それがハーブとの最初の出会いでした。

もともと花が好きで、花屋の友達がいたり、フラワーアレンジメントを習ったりしてたんです。

ご結婚を機に移住した神奈川県相模原市では、園芸店で働いてみたり、多摩でハーブについて学んでみたりして、徐々にハーブや植物を育てることへの”好き”をふくらませていきました。

1998年に地元の地域センターで最初のワークショップを開催したあとも、月に約1回のペースでワークショップを開催し続けます。

そのころは家じゅうが植物であふれかえっていて。

作品づくりやワークショップをし続けるには少し手狭になってきたマンション暮らし。そんな中、ご主人と週末ドライブをしながら、庭のある古民家をゆっくりと探して5年。「最後の2年にやっと本気モードになって」と東山さん。

ようやく見つけた、神奈川県愛甲郡愛川町にあった古民家は、なんと築250年。憧れだった古民家住まいも、最初は古民家特有のすきま風をふさぐのに苦労したとか。

夜、電気をつけるでしょ。すき間から灯りが漏れ出したみたいで、朝起きてみたら、布団に虫がたくさんいて、びっくり!

そんな少女のような驚き顔の東山さんをとても可愛らしいな、と感じてしまいました。そして、自然が好きで自然と共に暮らすことを実践していたら、きっと虫なんて驚かないだろうという想像も、いとも簡単に裏切られました。

大家さんは「庭を好きにしていいよ」と言ってくれましたが、サザンカの木がある古き良き日本の佇まいをハーブガーデンに変えてしまうことに、どこか釈然としない気持ちがあったそう。その気持ちはまさしく、周りの風景と調和している東山さんの今につながっていきます。

根が張れる場所を探していく

やがて、東山さんは次の移住先を探し始めます。前回の古民家探しと違って、今回は将来を具体的に見据えての物件探しでした。家が小さくてもいいから、大きな庭がほしい。ハーブをのびのび育てたい。

そんなイメージを持って始めた物件探しは、いつの間にか神奈川を越えて千葉の里山の方へ。

「ここだったら作れるかなって思って」と話す東山さんですが、それまでの生徒さんが多く住む神奈川を離れるという、個人事業主としてはとても勇気がいる決断だったはずなのに、その口調はどこか軽やかです。

5軒くらい見学した中でも、里山の借景と目の前の水辺にピンときたという、千葉県いすみ市の土地と家。契約期限が1週間しかない状態でありながら、教室の開催で忙しく、なかなかいすみのことを詳しく調べる余裕もありませんでした。

いすみ市くらい都会から離れると、きっと年配者が多くて、ハーブに関心のある人が少ないのでは―?そんな不安を感じていたとき、すでに移住先について下調べをされていたご主人から、「どうやらそうでもないらしい」ということを聞いて、気持ちが前に進みます。

知らない土地だったからこそ、ゆっくり地に足をつけてまたやり始めようかな、って。

それは、東山さん自身の足元でもあり、神奈川から持っていくハーブたちの根っこ。その”根付け作業”自体は、思うようにいかないときもありましたが、根は着実に伸びて広がっていったのです。

心もハーブも、ゆっくりと着実に根を張っていく

2011年の秋に土地と家を買ってから2013年の春の移住まで、なんと2年近くその”根付け作業”に時間がかかりました。

というのも、この土地はもともと背の高い草に覆われた草むらで、沼の周りに育っていた藤のツルが耕運機にからまってしまうような、非常に荒れた土地でした。周りの風景にぴったり調和した穏やかな今のガーデンの様子からは、そんな開墾作業があったことが全く想像ができません。

仕方なく鍬で耕すことになった土地の整備。どれもこれも、約1年半、神奈川から毎月1回通いながら、ちょっとずつちょっとずつ進めていった、夫婦二人三脚の作業でした。

テラスの両脇に並んでいる4~6畳ほどの立派な小屋2軒は、実はご主人が未経験だったにもかかわらず、ご自分1人で、それぞれ1年かけて作られたとか。

主人にやってもらうやるしかなくって。

その理由は、予算の都合だけでなく、周りに手伝ってもらう人がいなかったからだ、と言います。山際の細い道の奥には、3軒しか民家がありません。土地の整備が終わって移住した最初の1年間は、知り合いもほとんどいませんでした。


そして、せっかく神奈川からもってきたハーブたちも、いすみ特有の粘土質で湿気を多く含む土のためか、いくつか育たなくなってしまっていました。

知り合いも少ない、育たない植物もある。普通なら心折れてしまうような状況だったにもかかわらず、東山さんは無理にあらがったり、焦ったりしませんでした。

ここで育つものを育てるしかないし、だんだんその土地に慣れていくものもあるんじゃないかな。

穏やかに話すその様子からは、言葉の表面上から浮かび上がってくるような困難に戦ったというより、めげずに目の前のできることを着実にやっていた東山さんの本当の強さと忍耐が感じられます。

そんな当たり前のようで難しいことを体現していった、東山さんに尊敬の念を感じざるを得ません。

いすみという、”里山ガーデン”に根付くまで

移住前には誰ひとり知り合いがいなかった、いすみ。
当時はまだワークショップを開くための場づくりも、ガーデンも完成していなかったため、最初はお客さんの多い神奈川で仕事をするために、わざわざ片道2時間半かけて神奈川へ通っていたといいます。

少なかった人脈も、引っ越し前から相談に乗ってもらっていた地域のNPOの企画に顔を出したりして、徐々に広げていきました。

移住した年と約半年後には、いすみ市での最初のワークショップとなるクリスマスリースづくりを地元のカフェで行い、そこで知り合った人と、また別の場所で一緒にコラボレーションしてワークショップを行ったこともありました。

また、ガーデンの隣のアトリエ小屋が1年がかりでほぼ出来上がったりと、徐々に拠点がいすみに市にできてきました。そうするうちに各種イベントにも声がかかるようになり、そこからはどんどん、いろんな方と知り合うようになっていったそう。

いすみは以前いた神奈川よりも横のつながりが密で、つながりがすぐに広がった気がします。

住まいの拠点を移してから徐々に仕事の拠点も移していく。できるところから少しずつ。
そんなところも、東山さんらしい自分の感覚を信じた生き方のように感じます。

マルシェやカフェでイベントをやったり販売をしていったり…。そのうちに、ここで暮らす他の人たちとの仕事も増えてきた、と言います。

ここには企画力がある人が多い。そして人と人を組み合わせるのも上手です。

そんないすみは、移住者も元から住んでいる人も一緒に活躍していける土壌があると言います。いすみで活躍している女性が参加しているコミュニティには、漁師やパン屋さんなど、新しい人たちと元からいる人たちがバランスよく入り混じっているそうです。

それを聞いて、東山さんがここで作ろうとしている「里山ガーデン」という言葉が頭に浮かびました。

「別にイングリッシュガーデンを目指しているわけじゃなくて。もともと自生している野草を生かしながら作っていて。それとハーブを組み合わせたら、とっても可愛いのよ」と。

新しい人だけが目立つわけでもなく、もともといた人たちと作る‟織り交ざり”が美しいと。そんな東山さんの作る里山ガーデンが、いすみらしい多彩な景色を表しているようです。

訪れる人が癒される場所を目指して

心に余裕を持つことを大事にしている東山さんも、ワークショップや販売の繁忙期には真夜中にアトリエにこもって作業をすることもあるのだとか。

本当は、ここでハーブティーを出せるような小さいカフェもやりたいのよ。せっかくここに来てくれたのなら、ゆっくり癒されてもらいたいから。

自然の恵みの力を知っているからこそ、それで周りの人を元気にしたい。
そんな東山さんの願いと隠れた力強さを感じます。

このアトリエショップの名前の由来である“Broom”は、東山さんの誕生日花であるエニシダのこと。スイートピーにも似ている、黄色くて可愛らしい花。

ハーブを摘みながら、東山さんがちょっと残念そうにつぶやきます。
「もう冬の庭になっちゃってね。どれも枯れちゃったのよね」

春になったら、この土地だからこそ芽吹くハーブの新芽が、訪れる人たちの心をきっと和ませてくれることでしょう。

written by 廣川めぐみ(Local write#06いすみ参加者)
photo by 藤巻慎,廣川めぐみ,磯木淳寛

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